2012年2月22日、4年生の情報科な日々。
1人が1つの都道府県を担当して、調べて・まとめるを進めます。
3学期も残りが気になる時期。
どのくらい進んでいるかを、ドキドキしながら覗きみる。
あまり、介在したくない。
あまり、具体的に教えたくない。
SafariやKeynoteの使い方の説明は、ほぼ終了。
それ以上は、内容に踏み込んでしまう可能性があるので、説明をすればするほど、子どもたちの学びを奪ってしまう。
教えれば、教えるほど、子どもたちは自分で考えるを停止する。
質問にきても、内容に踏み込んだものは、心を鬼にして突き返す。
子どもたちは、こちらが答えをもっていると誤解しているところがある。
こちらがもっている答え、正答はなにかを探している。
そして、見つからないと質問にくる。
情報科な日々として、一定の基準はもっている。
その基準は、知的な活動という非常に抽象的なもの。
具体的な部分は、自分の中にある。
自分の中にあるものを、どう吐き出すか。
吐き出す方法は教えても、なにを吐き出すかは教えられない。
それを教えてしまえば、答えがるような誤解を与えてしまうからです。
